アニメの主題歌の歌詞から、「物事の本質を突く」ということを考える (2022年7月)

 「Gのレコンギスタ」の劇場版がついに完結するということで、各所で富野監督が出張って宣伝を繰り広げていますね。劇中歌がYoutubeで聞けますので、聞きながら仕事をしていたりするのですが、歌詞の作り方というか、そのメッセージの伝え方というか、その構造と手法が気になってしまいました。

 

 どういうことかをわかりやすく説明するため、劇場版Gレコのと、エンディングテーマの「カラーリング バイ G-レコ」と、テーマソングであるDREAMS COME TRUE「G」を比較してみましょう。

 

 まず先に、「カリーリング バイ G-レコ」は、作詞が井荻麟(富野監督の作詞時のペンネーム)であり、作曲は菅野祐悟氏という、いわゆるよくある、富野作品の作中歌の体をなしています。一方、ドリカムの「G」は作詞は吉田美和氏、作曲は中村正人氏という、アニメのテーマソングとしてはかなり異例な、完全なドリカム作詞作曲体制です。この曲のどちらが良い曲か?などの比較をすると間違いなく水掛け論になりますので、歌唱力やら、バックミュージックのセンスやらの好みの問題の要素はさておき、「歌詞の構成(構造)」のみでこの2曲を比較してみると、結構面白いことがわかります。

 

 歌詞には著作権があるので書きませんが、まず「カラーリング バイ G-レコ」は、基本的には若者を激励するような、「たくさんの文章」から成り立っている歌詞です。激励すること(説得すること?に近いかも)が目的ですので、断定形に近い言葉で構成されたわかりやすい、あまり考えさせるよう内容になっていない明確な文章で構成されていることが、歌詞を眺めるとわかると思います。(唯一、考える必要がある点があるとすれば、"Gのレコンギスタ"の"G"という記号ががなにを意味するのか?なにをレコンキスタするのか?という点でしょうかね。これは人によって違う様々な意味・解釈があると思うのですが…)

 

 一方、ドリカムの「G」は、「Gのレコンギスタ」の物語を見ている視聴者側に「どう思う?」という疑問を投げかける、短い「言葉に近い文章」を組み合わせた構造で成り立っています。こちらは基本的には、歌詞を見て「考えてほしい」ということが目的ですので、短い疑問形の言葉が効果的に使用されており、また、日本語部・英語部の歌詞ともに明確な表現でない文章で構成されています。(また、別の観点から面白いのは、ドリカムの「G」における"G"という記号が、こちらの歌詞では限定的な意味になっている点ですね。)

 

 ここまでで何を言いたいかというと、「この歌で伝えたいこと」によって、歌詞の構造が違うのです。先にも書きましたが、「カラーリング バイ G-レコ」は「激励する」ことが目的なので、たくさんの文章で語り掛けます。一方、「G」は考えさせることが目的なので、短い言葉で「疑問」を投げかけます。

 

 これはそれぞれの曲の役割からもわかります。「G」はテーマソングなので、物語の視聴中の視聴者に対し、「君はどう思う?」と問いかけているので、このような構造になっています。一方の「カラーリング バイ G-レコ」はエンディングテーマなので、物語を見終わった後、「さあ、物語は終わった。歩き出せ。」と言うことが目的であるため、このような構造になっているわけです。

 

 このように、目的に応じて構造や構成を変えることは、なにも機械やプログラムなどわかりやすい例や、漫画やアニメのような見えるものだけでなく、歌詞や音楽にもあるわけです。構造を分析することで本質が見えてくるのは、私のようにつたない分析でもすごく面白いので、ぜひ皆さんもやってみてください。また、つくづく思うことは、忙しくて時間がないであろう吉田美和氏が、おそらくさわりしか見ていないであろう「Gのレコンギスタ」の内容について、ここまで本質を突いた歌詞を書けるとはすごいな、と思います。やはり本物のアーティストは違うなあと思いました。私のようなアーティスト性皆無の人間から見ると、本当に神業です。

 

 また、同じく劇場版ガンダム「閃光のハサウェイ」の主題歌「閃光」と「G」の比較も面白くて、「閃光」と「G」は"若者の苦悩"を歌っている、という共通点がありながら、「閃光」からは外向きの方向の"怒り"を感じ、「G」からは内向きの方向の"悲嘆"を感じる気がしますよね。これも、それぞれの作品の伝えたいこととから分析してみると、面白いですね。

 

 最後に時事ネタで、NHKでたった2週間ほど放送された「TAROMAN 岡本太郎式特撮活劇」は、とんでもなく面白かったです。こちらも本質を突きまくりの内容ですので、ぜひ視聴してみてください。